
↓ラフ ここから色変えすぎなんだよ

過去絵を掘り返すにあたって、サービス開始頃に書いて没にした25彰人if小説の下書きを見つけたので下に供養。尻切れトンボ
薄暗く静寂に包まれた部屋で、カーテンの隙間から差し込む微かな光の筋を、唯唯無感情に、じぃ、と見つめている。
ベッドの片脇に置かれた時計は無機質な音を淡々と刻み、朝の訪れを告げた。
夜の黒に塗りつぶされていた世界と人々はその休眠を終え、新たな一日に向けて始動するのだろう。
けれどこの部屋のベッドシーツは微塵も乱れてはいない。
終わりがなければ始まりは生まれない。
オレに休眠と活動の境など存在しない。最近は酷く眠れないのだ。
……そういえば最後に眠りについたのは何時だったろう?
酷使を続けた頭では、もはや簡単な計算すら容易ではなかった。
室内の中央に置かれたイーゼル
キャンバスに描かれた一枚の絵画
そして床の隙間など埋めるように散乱した、オレにとっては”出来損ない”の作品たち
利き手の人差し指と中指に挟んでぶら下げていた画筆が床に落ちる。
空虚な音を立てて、そのままあてもなく転がり、やがて制止する様を、無感動のまま見届けた。
しかしその後に胸に去来したのは、己への憐れみと微かな憤りだった。
何の変哲もない一連の出来事は、まるで自分の行く末を示す情景の一片に感じられた。
ゆらりと、覚束ない足取りで窓に近付く。
手や衣服にこびりついたままの絵具で汚すことなど厭わずに、カーテンも窓も全て開く。
……黎明を過ぎたこの刻のみに感じる、夜明け特有の空気の味。
すべてを赤紫で東雲の空。
ああ、とても美しいなと、そう思った。
……”思った”。ただそれだけだった。
網膜から脳に伝えられたその一瞬の光景、オレの中に映された”美”、それに名前をつけるなら、”虚ろ”以外の何物でもなかった。
世界はこんなにも美しい。それなのに、美への昂りはオレの内側の何処からも生まれ落ちない。
……代わりに芽生えたのは、己への失望。
――オレはもう、かつてのようには描けない。
美しいものを、心を動かす何かが無ければ――それを掴む心を失ったのならば――創り手は最早、死んだも同然だ。
今のオレの筆から産まれ落ちるのは、紛い物の芸術たち。技法で誤魔化した、薄っぺらな『世界の一瞬』。
酷評されるべきものたちだ。昔と比べて何たる様だと、叱責されるべき体たらく。
それなのに、何故世間は未だに盲目のままなのだろう。
ありきたりで身を伴わないものを、稀少な宝石のように丁重に扱うのだろう?
『君は天才だ、芸術の神の寵児に違いない』
『彼は才能の塊だ。技術を磨けば更に輝く宝石さ』
『東雲彰人君の筆から産み出されるもの……彼の言葉を借りるなら、”世界”は素晴らしい。今を生きている我々はなんて幸せ者なのだろう。歴史を創り、切り開いていく逸材を見守る――そのような奇跡に立ち会えるなんて』
「……今のオレが天才だって?お偉いさんも見る目のない奴らばっかじゃねーか」
漏れた嘲笑は、自嘲と等しく卑しいものだった。
「器用さが透けて見える薄っぺらな天才に、何の魅力があるって言うんだ」
「――真の天才って奴は、才能を忘れさせる。そんなこと、”本物”さえ見れば誰もが理解できるはずのことなのに」
自分の口から吐き捨てた言葉が、胸を痛いほど締め付ける。
同時に、これまでの人生で浴びてきた賞賛と喝采を思い返すと、蓋を閉めたはずの苦しい記憶もまた甦る。
……今でも鮮明に思い出せるほど、自分の一生に刻まれている悲痛な叫びが。
『どうして!どうしてあんただったの……絵に、微塵の興味なんて無いくせに!私より……情熱も、執着もないくせに!』
『何で、……何で……私じゃ駄目だったの……私には■■をくれなかったのよ……ねえ、教えて、答えてよぉ……』
「……くだらねえ」
口から漏れた悪態は、想像よりも自棄的で酷く低い声だった。
軽く舌打ちをして、近くに置いていたワイヤレスイヤホンを耳に嵌め、そのままスマートフォンを手に取る。
適当な音楽でも聴こう、気分が紛れるなら何でも良い――そう思い電源を点けると、グループに届いた一件のメッセージに気が付いた。
【K:次の曲のデモが出来た。皆の意見を聞かせてほしい】
簡潔な文と、添付されたひとつのファイル。
オレは静かに目を閉じて、それを再生する。
Kらしい曲。Kにしか描けない世界だ。
彼女に存在するのは、”曲を作り続けなければいけない”という自分に課せた呪い。
己の傷の痛みに気付かないようにしながら、誰かを救おうとしている。
……そんな痛々しい想いこそが、彼女の曲たらしめているのだ。
――音楽というものは他の芸術と同様、未知で不可解な力があるのだと、今のオレになら理解できる。
”それ”は創り手の意図や祈りすら飛び越えて、受け手に大きな”共感”をもたらす。
'”共感”なんてものは、残酷なまでに耳障りの良い言葉だ……搾取する側である受け手にとって、一方的に。
事実はこうだと、オレは捉えている――観衆にとって芸術の鑑賞とは、身勝手に自己陶酔に溺れるための手っ取り早い手段、言い換えれば卑劣な自慰行為に過ぎない――
――そうしてオレは、Kの曲の中へ”溺れていく”。
……彼女の曲によって眼蓋の内側に投影された心象は、密閉された闇の中で、脆く繊細な旋律の蕾からひとつの世界が誕生する情景だった。
Kが生み出した”世界”という名の一輪の花は、声を殺したまま静かに花弁(涙)を流す。
淡く白い花弁が次第に灰に変わり、一枚、また一枚と散って、底無しの闇の水面に浮かぶ。
やがてすべて零れ落ちて、枯れてしまった名も無き植物は、その姿をアルビノの美しい少女に変貌させた。
……不思議なのは、少女と自分の感覚が繋がり、その四肢を自由に動かせるかのような錯覚に陥ったことだ。
実際には違う。少女(オレ)の身体が、彼女の意思のままに動かされている。
少女は闇の底へと胸から下を沈め、かつて花弁だった灰たちを腕にかき集めて、愛おしげに抱き締めながら、幼子のように泣きじゃくる。
自らの身体も灰のように剥がれ落ち、黒に犯されることすら厭わずに。
間もなく迎える最期の訪れを感じ取ったのか、少女(オレ)は、力無く笑いながら天を見上げた。
視界に映ったのは底と同じ闇だった。
今更になって気付く、”ここ”は卵の殻の内側だと。
殻を破れず、本当の世界に生れ出づることもなく、息を引き取る物語なのだと。
その確信は悲劇の裏付けに違いないのに、少女(オレ)は酷く安らぎを得た。
――だって、そうだろう?
真に産まれる前に、こんなに満たされた気持ちで死ねるなんて。
現実はもっと残酷で、自ら産んだ命を啄んで、我が子を余さず啜る親すら存在する。
薄れゆく意識のなかで、殻の外にいるだれかに向けて、別れの歌をくちにした。
『助けて、なんて、言えるわけがなかったの。
本当は救われたかった、だけどわたし(オレ)は、救われる資格も、そんな価値も無い生き物だったから』
その歌声は、この世のものとは思えないくらい、酷く、酷く……美しいものだった。
――”物語”はこれで終わり。
目蓋の裏に映された一連の出来事は、Kがオレに見せた、曲から連想された『世界の一瞬』だ。
……今のは、一種の滅びの美学、というやつなのだろうか?
永遠に失われ続けるものたちの、束の間の美しさのような。
救われるはずのないものたちの、救いようもない安堵と諦念?
或いは、……最期に世界へと放つ、振り上げられた小さな拳?
いくつもの情報の中、ただひとつ……最後の歌声が、何度も反芻される。胸の痛みを伴って。
あのことばの意味は、そして産まれる前に死にゆく少女と彼女の歌を美しいと感じたのは、果たして”誰”の祈りによるものだったのだろう?
「……」
最後まで聴き終えたオレは、今見たものを噛み砕き、解釈に落としこませ、直ぐ様に適した絵具を選別する。デジタルでは使えないとはいえ、あの光景を切り取るために必要な参考資料に変わりはない。
それらをパソコンの隣の小箱に乱雑に仕舞った後、Kを始めとするメンバー達へ簡潔に返事を送った。
【シノ:イメージは浮かんだ。今日中にラフを数枚完成させる。言葉じゃ説明は難しいから、実際見てから判断してくれ。
それじゃ25時、ナイトコードで】
■
「シノの今回の絵、発想は面白いし映像に落としこめたらインパクトありそうだけどさー、ちょっとグロテスクすぎない?」
約束の時間に全員が集まり、各自の担当の進捗を確認しあった直後の第一声がAmiaのそれだった。
「言うほどか?つーか曲のデモから”見えた”そのままに描いたんだ。イラストやMVのコンセプトを別の形に変えるなら努力はしてみる、だけどそれは作曲家の意見や作詞、編曲の腕次第だな」
「出た、不思議発言。まあ、シノには実際、本当にこういう風に見えてるんだろうな~ってのはなんとなーく分かるよ。じゃないと、こんな神秘的なのにどこか怖くて……何て言えばいいのかな、生々しい作品は描けないと思うしさ」
メンバーに送った色ラフは、先程自分が見た心象風景をそのまま数枚描き移して、紙芝居のようにしたものだ。
勿論、オレ自身と少女が繋がった感覚については伏せている。最期の言葉も。オレの担当である”イラスト”には不要な要素だからだ。
あとはKと雪の曲の製作の経過を確認しつつ、映像担当のAmiaと演出の相談をしながら俺の役割をこなせばいい。
……Amiaは何というか、いつも明るく振る舞うが実際は脆く、まるで細い綱を渡っているような……形容しがたい危うさを秘めた人物なのではないかと、オレは解釈している。
初めて通話で声を聴いたときに脳裏に過った光景が、罅(ひび)が入った、くすんだ大きな鏡だったからだ。
Amiaは、あの鏡の先に……どのような自分自身を映し出しているのだろう。
疑問は浮かぶが、詮索するつもりは無い。
それはきっと、Amiaという人間の一線を踏み越える事態に繋がるから。
「私はシノの表現がしっくり来る気がするから良いと思うな。私が思い付いた歌詞も、わりとシノの絵に合うと思う」
雪はいつもと変わらぬ穏やかな、……穏やかな色で自身を染めあげた様子のままでオレに賛同した。
彼女に対しては、初対面からどうも既視感を覚えている。
――偽りの人格を被り続けたまま、壊れた己を周囲から隠し通すことを、無自覚のままに自身に義務付けてしまった、枷だらけの女。
もしくは、欠落だらけの……意志を剥ぎ取られた人形。
確証はないが、オレは雪をそのように捉えてしまっている。
どのような境遇に育てばこのような人間に成長するのかなんて、想像に難くない。
……実をいうと、雪の真の内面を感じ取る度に、オレは彼女という鏡を通して自分の姿を垣間見る錯覚に襲われる。
彼女に非があるわけではない。ただ勝手にオレが彼女相手に同族嫌悪を抱いてしまっているだけだ。
「」