閃1時点での2妄想。2014年9月の産物。全体的に拙いですが再録。
至宝の因果に縛られた大地が音を立てて崩れ落ちていく。
瓦礫が人気のない帝都に呑まれる、その過程にある空を一つの緋色の艇が駆けていく。現場から離れるようにして翔ぶ真紅の焔は、この星の激動の引力に屈することなく、確固たる意志と力強さをその身に宿しているのだろう。
……人々の理想の結晶とも呼べる浮遊都市が砕け散る様は、この国の民が今日まで思い描いてきた仮初の安寧の崩落のようにも見えた。すべての終わりの始まりとでも言い換えられるだろうか。それならば旅立ちのようにして飛ぶこの舟は、旧き体制に縛られ、これからは鉄血に呑まれるこの国に吹く新たな風の象徴のようだと、自分らしくないことをふと考えた。
「さて、俺はとっとと行くとするかね」
落ち着いたところで船内に避難していた乗組員達が甲板に出て、呆然とその光景を眺めていた。しかしオレの一声で我に返ったらしい、皆がこちらを振り返る。オレはそんな彼らから目を逸らさぬまま、後ずさる形で甲板の柵に背中を預ける。
「待て、クロウ!」
その声は密集した人混みの中から凛として響き渡った。やはり止めるか、半ば分かり切っていた相手だ。わざとらしく肩を竦めてやる。
こんな巫山戯た仕草に以前なら何かしらの反応を見せてくれただろう。それこそ年相応の悪友同士のように。けれど男は何も言わない。表情は至極固く、そしてどこか寂しげにも見える。他の連中も揃って似たような面構えをしていた。オレのせいだろう。当然解っている。
「……緊急事態もあってか、確かにさっきまでは協力してたさ。だがオレは、やはりあの男に対しての怒りに、散っていった同志達の無念に対し見て見ぬフリはできない。
……例え、お前達がオレを笑って迎えてくれたとしても。オレは散っていった同志達を忘れることなんて出来やしない」
情に流されるわけにはいかない。級友達のものにも自分のものにも。
オレの言葉にアリサやエマといった一部の生徒達が顔を俯かせたのがわかった。言葉を飲み込んでいるようだった。申し訳なさはある。けれどこの信念だけは折れる訳にはいかない。例え膝を付いてでも、それこそ死の間際に立つとしても。誰にも侵す権利は与えない。
これは、俺の覚悟だ。
「……先輩方は!トワ会長やアンゼリカ先輩、ジョルジュ先輩はいいんですか!?」
「そうだよ……!それこそ、僕たちよりも長い付き合いなのに……」
震えた叫びを上げたのはエリオットとマキアスだ。コイツ等とはⅦ組時によく話をしたな、と懐旧の情にかられてしまう。
そんな彼ら以上に長い付き合いの、苦楽を共に過ごした三人に目を移す。四人揃ってまともに顔を合わせるのは久々だ。あの頃はそれが普通だったというのに。
その内の、小さな生徒会長が前に一歩出てくる。頭に被せた帽子は見た目上は不釣り合いにも関わらず、彼女を知っているからこそ違和感がない。
「……。…クロウ君は。今度こそ、私達の思いを受け止めた上でいくんだよね?」
祈るように手を組み、トワは俺の顔を見る。射抜かれるほど真直な眼差し。今までに何度も見てきた。懐かしく思える。この僅かな距離が遠い。それでも、以前のような見えない境界は感じなかった。
「……ああ」
言葉を返す。泣くだろうかと困ったように笑いかけてみた。彼女はそっか、とだけ呟いた。初めの頃は有能ながらも年相応の弱さを隠していたのに。強くなったな。その言葉は心の中に仕舞い込む。
そんなトワの肩に手を置き、不敵にこちらを見る中性的な女。アンゼリカ――コイツはいつまでも変わらないだろうな、と確信している。それこそが奴の強さであり信念だと知っているが。
もう一人はいつもと変わらず、穏やかな微笑みを向けてきた。ジョルジュ――彼奴にも沢山苦労をかけてきた。いつもオレやゼリカが注文を押し付けて、苦笑しながらも引き受けてくれたっけ。
何だかんだ言いつつも、やはり懐かしさが胸に湧く。長すぎた夏。胸に深く刻まれたもの。そこから込み上げる熱さに目を背ける。
「なら、私達が余計な口出しをするのは野暮ってものだ。クロウがいないなら、私がトワを可愛がるから問題ないね」
「はは、そうだね。……今回は”クロウ”として行くつもりだろう?ずっと会えないほど、遠くに行くわけじゃないからね」
二人はかつてと変わらぬ口調でこちらに語りかけた。この口の叩き合いは一年ほど前に戻ったかのようだった。
けれど明らかに違うものはある。かつては体の距離は小さく横を見ればすぐそこに誰かがいて、それなのに心だけは離れていた。自分だけがだ。気を許してはいたのに、そんな自分を頑なに拒み続けていた。そこに溶け込みたいという葛藤を抱いて。
これからは違う、自分の中にある全ての想いに目を背けない。だが今は、今だけはこの想いを隠さねばならない。少しでも緊張を緩めたらトワの頭を撫でてやりたくなるしアンやジョルジュを小突きたくなる。
「……悪ィな」
「あはは、謝ることじゃないよー」
「そうだね、気持ち悪いな」
「はは、今から雨が降るかもな」
「ひっで」
はは、と四人で笑い合う。他の生徒達はそんなオレ達をただ黙って、けれど温かに見つめていた。
オレは目を閉じる。暫しの沈黙が重い。ふう、と息を吐き出し、静かに瞼を開く。
「……オレは、突然押し寄せた鉄血の――帝国という炎に呑まれちまっていた。」
さて、本題に入ろうか。その意を込めて低く声を発した。空気が張り詰めるのを肌で感じる。
「どんな道を行けばいいのかわからず、ひたすらに足掻いて。見失っていた。零してきたものが沢山ある。だから。
オレは、帝国の外側から、もう一度この世界を見つめ直す」
リィンが目を見張った。オレはそれを理解った上で言葉を進める。
「自分がしでかした事の重さは理解している。それはこの身を復讐に投じてからずっとだ。この先いくら償ったとしても消えることは永遠にない」
「……ぁ……」
エマが小さく声を上げた。他の面々も失った言葉を口々に漏らす。何と形にすればわからない、或いは無意識の内だろう。
「帝国の”内部”は、それこそオリヴァルト皇子が新しい風とやらを巻き起こすだろう。鉄血がこの先どんな手を打ったとしても、あの皇子さんなら面白い返しをしてくれるって期待できちまう。
だからこそ、俺は外側から帝国を変える手を探す。外部に干渉し、個々は微力だとしても、各地に散らばるそれらを繋いでこの時代を切り拓く力とする。今度こそ、破壊の手に頼らない力を。
……ある意味それは、お前らが成し遂げたことだろう。」
学院を襲撃され、帝国各地に散らばった若き獅子たち。灯った一筋の、幽き緋色の意志がそれらを束ねて、国を揺るがす焔となったのをこの目で確かに見届けた。
それは先導を務める、黒髪の男の人望の賜物かもしれない。しかし、そうだとしても自分にはそれに続く、何かをしなければならない義務がある。今度こそ後ろめたさのない、自分の心が正しいと判断した道を歩む覚悟がある。
「クロウは……クロウはそれでいいのか。その道は、一人で行くには過酷すぎる」
「……」
リィンの一言の重さ。見えない手が差し伸べられているとさえ感じる。彼は俺の覚悟を知った上で、あえて試しているのかもしれない。見ない間に更に一回り大きくなったもんだ。
その問いに対してオレは盛大に笑ってやった。
「お前らと過ごした長い長い夏」
――疾うに答えは決まっている。
「すげー楽しかったぜ。それこそ一人一人別の道に進んだとしても、俺達はこのARCUSで繋がっているんだろ?たとえ戦術リンクが届かない場所でもな」
取り出したARCUSを握りしめ、見せつけるように前にかざす。
Ⅶ組一同の手は自然に己の腰にあるそれに宛行われる。見えない糸を手繰るように。確かにそれは質量を持っていた。
これはトワ達やⅦ組に限った話ではない。他の顔見知り達とも、ARCUSが無くとも繋がりは確かにある。自分らしくもないことを考えるようになったものだ。それもこれも含めて、この二年間の糧のお陰かもな、と小さく笑みが零れた。
「やれやれ、ベラベラとサムいこと言わせるんじゃねーよ。何にせよ、この帝国が変わった後で、いくらでも罰は受けるさ。その前に、俺は誰かがやるべきことをやらせてもらうぜ」
誤魔化すようにして減らず口を叩きつつ、腕を後ろに回す。柵に手を置く形で。
「――じゃあな、親友共。いつかまた、この緋の帝都で会おうぜ」
息を吐くようにして言い放つと共に、体重を頭から後ろにかけた。身体が浮いた様、いや、実際に舟から身を投げている。空気が背中一面に刺さる。
リィンが俺の名を叫ぶのか耳に入った。彼らはこちらを覗きこもうと駆け出しているのだろうか。何だかんだと言いつつも、やはりお人好しには変わらない。
心の中で己が機神の名を呟く。同時に背中を主として全身に硬くも包み込むような衝撃が走った。仰ぎ見る。それは意思を秘めた目をこちらに向けてきた。
クク、と思わず笑みが溢れる。体を起こしその場に立ち上がると、待っていたとばかりに彼女は急上昇。それはカレイジャスを追い抜き、今度はこちらが紅の舟を見下ろす形となる。
案の定、級友達はオレがいたところまで駆けついていたらしい。見上げている。その目は驚愕や不安に揺らいでいない、それぞれの決意を見せつける様だった。
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潮風が頬を掠める。視界には水平線しか映らない。どこまで飛んできたのだろう。それこそ目的地の定まらない旅。
今はオルディーネに任せて自動走行にしてある。彼女は自分たちが置かれている現状を、オレの心中を察してくれているのかもしれない。どちらにしろ帝国には長くは居れなかった。
揺らめく海面をぼうっと眺める。空以外に映り込むのは小さな自分とオルディーネだけ。色合いはどれも似通っていて、その境はとても曖昧なものに思えた。
だとしても。手に握るARCUSを見る。そして自分に従えるこの蒼の機神を。
大丈夫だ、独りではない。確かに繋がっている。全てを失って泣きじゃくるしかなかった幼き日々、寂しさに埋もれ彷徨った霧はもう晴れた。
「……さて、まずは何処に行くかね」
全てはここからだ。ここから始まる。終わりの始まりに一閃の光の矢を撃ち抜くための、長い長い軌跡の旅が。